宮城喜久子氏が遺したバトンと、現代の「歪んだ平和学習」

辺野古事故、遺族のnoteから思うこと。

自分も改めて拝見させて頂き、宮城喜久子氏の活動を振り返り感銘を受けました。
だからこそ、今辺野古活動家やオール沖縄らは、強制的な平和学習という運動が当時、軍国主義教育のやりかたと同じ気がしてなりません。

平和学習への冒涜

私たちは決して、「平和学習」そのものに反対しているわけではありません。
戦争の悲惨さを知り、二度と過ちを繰り返さないと誓うこと。それは次の世代を生きる子どもたちにとって、極めて重要な教育です。

しかし、今、沖縄の平和学習の現場で起きている一部の事態に対しては、強い憤りと「否」を突き付けざるを得ません。それは、平和を願う純粋な教育ではなく、特定の思想を持つ活動家たちの「手段」と化しているからです。

これこそが、かつて凄惨な戦場を生き延び、戦後を語り部に捧げた宮城喜久子氏ら先人たちに対する、最大の「冒涜」ではないでしょうか。

宮城喜久子氏が命がけで伝えたかったこと

2014年末に亡くなられた宮城喜久子(旧姓・金城)氏は、ひめゆり学徒隊の生存者として、戦後長きにわたりその凄惨な体験を語り続けてこられました。

16歳という若さで直面した、砲弾飛び交う壕の中での地獄。多くの同級生や教師を目の前で亡くした圧倒的な無念。宮城氏が自らの深く痛ましい傷口を何度も開きながら、私たちに伝えてくれたメッセージの根底にあったのは、ただ一つ。

「命は何よりも尊い」
「子どもたちを、二度とあのような恐ろしい目に遭わせてはならない」

という、純粋で切実な、政治的な色など一切ない「不戦と命への祈り」でした。

「命を軽視」し「偏った思想」を強いる活動家たち

現在の教育現場はどうでしょうか。
先日、同志社国際高校の沖縄研修旅行において、辺野古沖で船が転覆するという重大な事故が発生しました。文部科学省の調査により、安全管理の杜撰(ずさん)さだけでなく、「辺野古移設反対」という一方の見解のみを生徒に教え込み、政府側の視点を全く取り上げなかったとして、教育基本法が定める「政治的中立性」の違反が初めて認定されたのです。

ここにあるのは、宮城氏らが命がけで守ろうとした「子どもたちの安全(命)」への配慮の欠如です。そして、平和を学ぶという名目のもと、現在進行形の複雑な政治問題を片側からしか見せず、半ば強引に生徒を反対運動の構造に巻き込もうとする、活動家たちの独善的なやり方です。

かつて宮城氏らは、当時の軍国主義教育が子どもたちの目を曇らせ、若者を一つの方向へと駆り立てていった歴史の恐ろしさを身をもって知り、警鐘を鳴らしていました。いま、活動家たちが教育の場を利用して行っていることは、その「過去の過ち」と何が違うというのでしょうか。

私たちが反対しているのは「やり方」である

繰り返しますが、私たちは平和教育そのものを否定しているのではありません。南部戦跡を巡り、歴史の事実と向き合い、命の重さを噛みしめるような真摯な平和学習は、これからも続けられるべきです。

私たちが断固として反対しているのは、「平和」という誰も反論できない大義名分を隠れ蓑にして、自らの政治的主張を子どもたちに植え付けようとする、活動家たちのやり方です。

先人たちの尊い犠牲と、戦後の血の滲むような語り部活動を、自分たちの政治運動の「道具」として消費する行為。これこそが、宮城喜久子氏をはじめとするひめゆりの先達に対する、これ以上ない「冒涜」でなくて何なのでしょうか。

体験者がいなくなった時代の「真の平和学習」とは

宮城氏らが世を去り、沖縄戦の直接の記憶を持つ方々が急速にいなくなっている現代。平和教育は大きな過渡期を迎えています。

だからこそ、私たちはバトンの受け取り方を間違えてはなりません。
特定のイデオロギーで子どもたちを染めるのではなく、多角的な視点を持ち、自分で考え、判断できる力を育てること。そして何より、子どもたちの「命」を最優先に守ること。

それこそが、宮城喜久子氏らが天国から私たちに望んでいる、本当の平和学習の姿のはずです。


とにかくメディアの対応に憤りを感じています。拡散含みブログ書かせて頂きます。

沖縄

Posted by master