共産党・小池書記局長、女子高生遺族への冒涜
ここまでしてもメディアはいまだにオール沖縄の批判をしない。極左暴力集団がバックについた活動をメディアも擁護しているのが現状です。「平和運動」なんて1mmもない「利権運動」と言っても良いのではないでしょうか?
逃げ続ける「平和丸」船長と、美談にすり替える政治家たち
2026年3月、辺野古の海で尊い17歳の命が失われました。事故から1ヶ月以上が経過したいま、浮き彫りになっているのは、運動に関わった大人たちの「卑怯な逃げ」と、遺族の悲しみへの「徹底的な無関心」です。
1. 美談で責任を隠蔽する小池書記局長の傲慢
日本共産党の小池晃書記局長は、会見で亡くなった女子生徒を「平和の問題を一生懸命勉強して沖縄まで来られた方」と評しました。
この発言は、遺族への最大級の冒涜です。遺族はいま、「平和学習だと思って送り出した娘が、なぜ十分な安全管理もないまま政治活動の最前線に連れ出されたのか」という真実を求めています。
事故を起こした船の船長は共産党員であり、党は「加害者側」の当事者です。その責任を棚に上げ、「彼女には志があった」と称えるのは、「彼女が納得して来たのだから、事故の責任は我々だけにはない」という責任転嫁に他なりません。彼女の純粋な思いを、自らの保身のための「道具」として利用するその姿勢に、戦慄を覚えます。
2. 姿を現さない「平和丸」船長・諸喜田タケル氏の不誠実
事故当日、現場で船を操り、安全を守る義務を負っていたのは「平和丸」船長の諸喜田タケル氏です。しかし、驚くべきことに事故発生から今日に至るまで、共産党、そして諸喜田氏本人による会見も、遺族への直接の謝罪も一切行われていません。
遺族が綴るnoteによれば、運航団体であるヘリ基地反対協議会は「謝罪声明」こそ出したものの、諸喜田氏を含む関係者が遺族の元を訪れ、直接頭を下げた事実は一度もないといいます。
「命どぅ宝(命こそ宝)」と叫びながら、自分たちの不手際で奪った命に対しては顔も見せない。この凄まじいまでの二面性こそが、彼らの言う「平和運動」の正体なのでしょうか。
3. 遺品の扱い、説明の食い違い――積み重なる侮辱
遺族の心をさらに打ち砕いたのは、事故後の事務的な対応の冷酷さです。
亡くなった娘さんの遺品は、泥にまみれたまま、ボロボロに破れた段ボールに詰め込まれて返却されたといいます。また、運動団体側からは直接の弔電や供花すら届いておらず、遺族は「沖縄にいる間、対面での謝罪も面会の問い合わせも何一つなかった」と悲痛な胸中を明かしています。
問われるべきは「大人たちの責任」
この事故は、不可抗力の自然災害ではありません。「平和」という言葉を隠れ蓑に、未成年を危険な海域へと誘い出した大人たちの慢心と無責任が生んだ人災です。
小池氏による死者へのレッテル貼りと、諸喜田氏による対面謝罪の拒否。
彼らが語る「平和」がいかに空虚で、独善的なものであるか。いま、私たちはその真実を直視しなければなりません。
遺族が求めているのは、政治的なスローガンではなく、一人の人間としての「誠実な謝罪」と「真実」だけなのです。









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