デニー知事「しょうがないから行っとくか」でしょうか?
メディアが報じないなら、私たちがこの玉城デニー知事(たまき デニー)始め活動家を拡散することが大事だと思います。
平和学習ではありません、利権がらみの沖縄ビジネスそのものに加担しているのが玉城デニー始め、キリスト教、共産党、立憲民主党ら左翼、そしてオールドメディアです。
沖縄知事選挙が無かったら、このままほとぼりが冷めるまで行かなかったでしょう。明らかな活動家への忖度の上で知事をしていたデニー知事です。
二つの左翼新聞(琉球新報・沖縄タイムス)へ無利子で8億を貸し付けていたのも問題です。
デニー知事――辺野古転覆事故、空白の1ヶ月を経てのパフォーマンス
1. 「忘れた頃にやってくる」知事の献花
2026年3月16日に発生した辺野古ボート転覆事故。17歳の少女、武石知華さんの命が奪われてから、実に1ヶ月以上が過ぎました。
世間がこの悲劇を忘れかけ、あるいはメディアが「不都合な真実」として蓋をしようとしていた今、ようやく沖縄県の玉城デニー知事が現場へ献花に訪れました。
多くの県民、そしてご遺族が思うはずです。
「なぜ、今さらなのか?」
2. 米軍の「誠実」と、知事の「打算」
ご遺族のnoteを読めば、その対比に言葉を失います。
事故直後、現場への立ち入りを特別に許可し、敬意を持って遺族を迎え入れたのは、知事が普段から批判の矛先を向けているキャンプ・シュワブ(米軍)でした。
一方、知事が支持し、共闘しているはずの「平和団体」は、事故船を規制線すら張らずに放置。弔電一本、手紙一通すら送らない冷淡さを見せました。
デニー知事にとって、この1ヶ月は「犠牲者に寄り添う時間」ではなく、「どうすれば自分の政治的基盤(反対運動団体)に火の粉が飛ばないか」を計算する時間だったのではないでしょうか。
3. 「空白の時間」にあった政治的忖度
「事故から1ヶ月以上を経てようやく献花に訪れた知事。米軍が事故直後に示した誠実な弔意と比較して、この『空白の時間』に何があったのか。そこには、政治的立場を守るための『忖度』があったと言わざるを得ない。」
もし、事故の当事者が米軍関係者であったなら、知事は翌日には現場に立ち、拡声器を握っていたはずです。しかし、今回の加害側は、自身の「身内」とも言える抗議活動団体。
知事の重い腰がようやく上がったのは、遺族のnoteが拡散され、隠しきれない批判がネットに溢れ出したから。まさに「行かないと格好がつかないから、とりあえず行っておくか」という、めんどくさそうな心の声が漏れ聞こえてくるようなタイミングです。
4. 「平和」という看板の下で起きた人災
この事故は、信仰や平和を政治闘争の道具に変えた「日本基督教団(社会派)」や活動家たちが、少女の安全を置き去りにした結果起きた「人災」です。
知事の献花は、その構造的な闇を浄化するものではありません。むしろ、1ヶ月も放置したという事実こそが、この知事にとって「県民の命」よりも「活動家のメンツ」の方がいかに重要であるかを証明してしまいました。
5. パフォーマンスに騙されないために
知事が花を置いたところで、失われた17歳の未来は戻りません。そして、1ヶ月間、何の音沙汰もなかった団体や知事の不誠実さは、ご遺族の心に消えない傷を残しました。
【真実を知るために。ご遺族のnote】
[辺野古ボート転覆事故遺族メモ|note]










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