インタビュー(北方謙三さん)
● インタビュー ● 「三国志」、「水滸伝」 北方謙三さん
掲載:2006年
20160927close/BOOKSERVISEより転記(テキストのみ)
北方謙三さん
プロフィール
1947年佐賀県唐津市生まれ。中央大学法学部卒。 70年『明るい街へ』を発表。純文学作品の執筆開始。 81年『弔鐘はるかなり』で再デビュー。 83年『眠りなき夜』で吉川英治文学新人賞、 85年『渇きの街』で日本推理作家協会賞、 91年『破軍の星』で柴田練三郎賞 2004年『楊家将』で吉川英治文学賞を受賞。 代表作に『逃がれの街』『檻』『武王の門』など。
『三国志』を40代で、『水滸伝』を50代で書き上げた北方謙三さん。 中国を舞台に、志と肉体がダイナミックに躍動する。 歴史小説にかける思い、物語を創造する醍醐味を語っていただいた。
――「ハードボイルド作家」として活躍してこられた北方さんが、なぜ歴史小説を書こうと思われたのですか。
僕が書いてきたハードボイルド小説は、肉体と肉体のぶつかり合いです。その痛みとか感覚から人間の本性を探る、という物語をつくってきました。でも、それを突き詰めていくと、人の内面へ内面へと行かざるを得ない。自己表現に軸足を置いた純文学に近づいていくわけです。それはもうやりたくなかった。僕は、誰にでも分かって、面白くて、そして誰にも分からない物語の深さを持っている小説を、書きたかったんです。テーマは、男の生き方、男はいかに死ぬかということ。これを物語としてきちんと書き通せる場所と題材を考えたら「歴史」という場だったんですね。
で、まず勉強です。日本史の概説を読もうと、大学の先生に相談したら、紹介してくれたのが中央公論社の「日本の歴史」。28巻! 一念発起して読みましたね。最初は頭に入らない。でももう1回読んだらひっかかるところがいっぱい出てきました。歴史は人間が作り出したもの。人が動いて歴史が刻まれる。読みながら想像力を働かせて、どういう心境だったかと行間を読む。いちばんひっかかりがあって行間が豊かなところが南北朝の時代でした。こうして生まれたのが初めての歴史長編『武王の門』です。
――その後、舞台が中国に移りましたね。
日本を舞台に歴史小説や時代小説を何本か書いた後、さらに大転換するために2年間時間をかけて大長編を書く、という企画をたてました。何を書くかはナイショだったのですが、出版社からはたくさんオファーが来た。そんなときですね、当時わずか6人で会社をやっていた角川春樹さんから「書くのは三国志だろう? 南北朝の小説では書ききれなかった万世一系史観と反万世一系史観の対立を、蜀と魏に場を移し変えて書きたいんだろう」と言い当てられました。確かに南北朝を描くと天皇制や差別の問題が出てきて、表現しきれていない、という思いがあった。それを読み取るなんて、すごい「編集者」です。
『三国志』は三国時代の夢、全国統一の夢を、蜀を中心にして描こうと思いました。曹操、劉備に始まって諸葛亮の死まで。その後ももちろん闘いは続いた訳ですが、夢という意味では5度の北伐に敗れた諸葛亮の死までだなと書き始めて、13巻になりました。
――登場人物が実に魅力的に描かれています。
登場人物というのはキャラクターが立ち上がったときには、思想を持ち、感覚も死生観も持つ。そうすると、どう動くかは僕が決めるんじゃなくて、そいつが決めるようになる。そして声も聞えてくる、身体も全部見える。張飛の奥さん董香は腿にまで毛が生えているのが見えちゃう(笑)。そんなふうに見えてきたときは小説は失敗しないと思います。呂布は、義父を平気で殺した乱暴者ですが、母性を理解する男と設定したら書いていくうちにどんどん魅力的になっていった。なんとか死なせないで、と嘆願の手紙までもらいました。キャラクターが立ち上がってくると、それに作者は潜在能力を引き出されたように書けるんです。
――『水滸伝』を書こうと思われたきっかけは。
魔の囁きです(笑)。『三国志』は正史に縛られるでしょ、誰々はどこそこで殺さなくちゃいけないでしょ、そういう制約がまったくない世界がありますよ、と囁く編集者がいたんですね(笑)。宋の時代を細かく調べてみると面白い。水滸伝は説話の寄せ集めです。自分の説話を書くとなれば作家的想像力を縛り付けるものはなにもない。書いていて楽しかったですね。あとで分かったことですが彼は中学のときから、あらゆる水滸伝を読みあさっていて誰かきちんと書いてくれる人がいないか、と思い続けていたんだそうです。
水滸伝では梁山泊に108人が集まるまで誰も死なない、という約束事があるのに、僕の『水滸伝』では、楊志が早い段階で死んでしまう。それまで安心していた読者がびっくりして、次は誰を死なせるのか、と不安になったらしい。
僕は『水滸伝』に関しては反逆の小説を書いたつもりです。反逆は完結させなければならない。反逆の志を受け継いた梁山泊二世が宋を倒す姿を、この秋から書く『楊令伝』で描こうと思っています。
――北方さんは一貫して、闘う男たちを書いていらっしゃいます。いま若者たちに闘う対象はあるのでしょうか。
ないでしょうね。自分の周りの世界だけがきちんとなっていればいい。それが日本の若者の特徴。恵まれている、教育も受けている。ある程度のことはできる。でも闘えない。
書くことによって、熱いものを伝えたいですね。自分の人生をいま振り返ると、闘う対象があったその熱さが懐かしい。それはもう実人生では戻らないけれど、小説家は作品の中で自分の青春をいくらでも蘇らせることができます。蘇らせてそれを俺たちこんなに昔元気だったぜ、と同世代に渡したい。これぐらいやってみろと若い人に渡したい。『三国志』や『水滸伝』も登場人物の心情は現代人です。現代の作家が現代の人に向けて書いている。小説を読んだ人がその瞬間は主人公を生き、読み終えたときに人が生きていくことの意味について考えてくれたらうれしいですね。
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