おつかれさまです。

【辺野古抗議船転覆】宮崎駿氏と民放労連の沈黙は肯定?

沈黙

辺野古基金共同代表の宮崎駿氏、日本民間放送労働組合連合会(民放労連)は依然と辺野古転覆事故について沈黙をしている。オール沖縄自体も大きな動きも無く、平和丸の「諸喜田タケル船長」も未だに表に出てきていない。

辺野古抗議船転覆事故から2ヶ月以上

2026年3月16日、沖縄県名護市辺野古沖で起きた凄惨な小型船転覆事故。
修学旅行中だった同志社国際高校の生徒らが巻き込まれ、17歳の女子生徒と船長の2人が命を落としたこの人災は、発生から2ヶ月が過ぎた今、さらに重大な局面を迎えています。

文部科学省は昨日(5月22日)、同校の研修旅行について「特定の見方・考え方に偏っていた」として、教育基本法第14条(政治的中立性)違反を公式に認定しました。さらに国土交通省は、死亡した船長を海上運送法違反(無登録運航)の疑いで刑事告発する方針を固め、京都府は私学助成金の減額を検討し始めています。

「平和学習」という綺麗事の裏で行われていたのは、波浪注意報下の強行運航、ライフジャケットの指導不足、港にすら着岸できず埠頭の岩場から乗船させるという狂った安全管理、そして法律を無視した「無登録船舶」の運用でした。

これほどの違法行為と人命軽視が白日の下に晒されているにもかかわらず、未だに関係者の多くは沈黙を貫いている。

「辺野古基金」共同代表の宮崎駿氏、そして「民放労連(日本民間放送労働組合連合会)」などです。

彼らのこの不気味な沈黙は、果たして何を意味するのでしょうか。

資金を提供し、象徴として祭り上げられた男の「道義的責任」

事故を起こした船「平和丸」と「不屈」を運航していたのは、辺野古移設に反対する市民団体「ヘリ基地反対協議会(反対協)」の構成団体です。
そして、この反対協を資金的・思想的に支える最大のバックボーンが、アニメ監督の宮崎駿氏らが共同代表を務める「辺野古基金」です。

全国から集まった寄付金は、これら抗議活動に使う船の維持費や燃料代、活動費として現場に還流していました。つまり、「彼らが集めた金で維持されていた違法な船が、未来ある高校生の命を奪った」のが、この事故の動かぬ構造です。

ビジネスであれ社会活動であれ、自らがトップに立ち、資金を提供している組織が凄惨な死亡事故と違法行為を起こせば、代表者が記者会見を開いて説明と謝罪を行うのが「普通の社会通念」です。

しかし、宮崎駿氏からも辺野古基金からも、未だに遺族への公式な謝罪や、現場の違法運用に対する追及のコメントは一言もありません。
自分たちのイデオロギーを満たすために金を出し、いざ身内が人災を起こしたら「自分は直接関係ない」と言わんばかりに知らん顔を決め込む。これが、世界に名を馳せる文化人の取るべき道道義的責任なのでしょうか。

ジャーナリズムを自称しながら「身内の不祥事」をスルーする民放労連

もう一つの深い闇が、報道の現場を牛耳る「民放労連」の沈黙です。

民放労連はこれまで、定期大会などで「辺野古新基地建設を許さない決議」を採択し、組織をあげて反対派市民団体との連帯を大々的にアピールしてきました。
時の政権や一般企業の不祥事、安全管理不足に対しては「説明責任を果たせ!」「真相を究明しろ!」と、正義の味方のごとく激しい言葉で糾弾声明を連発してきた組織です。

それがいったいどうでしょう。自分たちが支持し、連帯してきた陣営が「無登録船」で「女子高生を死亡させる」という一発アウトのコンプライアンス違反、刑事事件を起こした途端、公式ホームページの声明欄はピタリと止まりました。完全に「スルー」を決め込んでいます。

現場の記者やディレクターが所属する組合がこの態度ですから、テレビの報道機関としての機能も歪みます。
もしこれが、政府関係者や米軍、あるいは一般の観光業者が起こした事故であれば、連日のようにトップニュースで扱い、再現VTRまで作って徹底的に叩き潰していたはずです。しかし、相手が「辺野古の反対派」となると、ニュースの扱いは途端に小さくなり、トーンダウンする。

これでは放送法が定める「政治的公平」など、最初から存在しないと言っているようなものです。

不都合な真実への「沈黙」は「肯定・黙認」と同じである

社会運動や報道に携わる人間が、自らの政治的スタンスに不都合な真実だけを意図的に無視し、声を上げないこと。それは、その違法行為や過失を「背後から黙認し、肯定している」ことと全く同じです。

彼らが叫んできた「平和」や「報道の自由」という言葉は、自分たちの身内の犯罪や過失を隠蔽し、言い訳にするための都合のいい道具に過ぎなかったのでしょうか。

立場や思想がどうあれ、失われた17歳の命の重さは変わりません。
都合の悪い真実から目を背け、身内をかばうために沈黙を続ける宮崎駿氏や民放労連の姿勢は、日本の社会活動とメディアの「倫理的な破綻」を雄弁に物語っています。私たちはこの不気味な沈黙を、絶対に忘れてはなりません。

Ps.個人的にメディアの対応には非常に憤りを感じています。産経新聞へは敬意を示します。

がんばりましょう。

沖縄

Posted by master