川口市駅前広場に1964年東京オリンピック聖火台が里帰り。

普段川口駅付近は車で送り迎えをするぐらいで、周りを歩くことはめったになかったが、役所に用があり駅の周りをぶらついた。

少し前から聖火台がキューポラ広場に聖火台が置いてあることは気づいていたが、国立競技場に設置されていた聖火台が、川口市に里帰りしていたとは知らなかった。
川口市民として恥ずかしい限りだ。

てっきりレプリカだと思っていた…。

聖火台が川口市の鋳物工場で作成されていたことは有名ですが、その作成時に苦難があったことは広くは知られていない。

聖火台の製作は、川口市の鋳物工場、鈴木萬之助・文吾さん親子(故人)が引き受けて作成したが、製作途中で壊れてしまい、萬之助さんが失意のまま倒れて1週間後に亡くなり、後を文吾さんが遺志を継ぎ市内の職人と力を合わせて完成に至った。

川口市には、他にも聖火台がある。

青木町公園に聖火台第一号。
榛松中学校に鈴木文吾によって作られたもの。
元郷中学校いは鈴木文吾氏らの作成した聖火台の二分の一のもの。
鋳物の町の由縁ですね。

最近はマンションが増え、また鋳物の需要も減少してきたため工場自体も減ってきていますが、夜、暗い時間に土手沿いの鋳物工場側で、オレンジ色に燃え盛る火が見えます。結構見ごたえあります。そういえば日本最後のベーゴマだけを作っている工場がありましたが、近所にマンションが建築され、住民に追い出されてしまったようです。

1964年東京五輪の聖火台、「里帰り」先で点火

旧国立競技場の聖火台 「第1号」は埼玉・川口に

~61年ぶりに川口市に里帰り~

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